商店街は、なぜ衰退したか?
これから先の話は、一般的な全国の例を対象に言われていることで、佐賀の場合の例がこれにそのまま全て当てはまるかは検証していませんが、概ね共通しているものと思います。
1)歴史的背景
旧城下で、明治以降、行政機構はそこを中心形成される一方で、鉄道の中心駅がそこから数キロ離れてしまっている。
それは当時の鉄道が蒸気機関車であったため、煙を吐きながら街中を汽車が走るわけにはいかなかったことに起因している。
商店街の多くは、戦後の物不足の時代に形成された。
これが高度経済成長期などを経て、昭和期の終わりころまでは発展を続けてきました。
2)変化の要因
このような商店街が平成に入り、衰退していくことになったが、その変化の要因は大きく2つ。
1つ目は、「大店法(大規模小売店舗法)」の存在。
大規模小売店舗、いわゆるデパートやショッピングモールがその地域に出店する場合、地元の商店街などと話し合い、調整を行うことを求めた法律です(2000年に廃止)。
近くにそのようなライバルが来ると困るので、地元商店街などは大型店舗の進出には反対します。
その結果、多くのショッピングモールなどが郊外に作られ、チェーン展開している店舗(レストラン、ファストフード等)もその近くのロードサイド店として、それぞれが比較的安い土地を求めて、新たな商業地を形成することになりました。
そして、もう1つの要因は、車社会とのマッチングです。
そもそも、地方や郊外地では移動の手段として自動車が必要とされていました。
このため、郊外の大規模店舗へ車で買い物に行くことに、さほどの抵抗はありません。
このような形で、街中の購買力が急速に郊外へと移動していきました。
これが、従来型の商店街衰退の事情として語られている主な内容です。
一方、人口数万人規模の市、町にあった商店街の場合は、産業構造の変化による人口減がありながらも、やはり郊外型店舗への購買力の流出がありました。